2021年のマスターズ・トーナメントで、松山英樹選手が優勝しました。私はゴルフが大好きなので、早朝からテレビ中継に見入ってしまい、優勝の瞬間は大感激しました。
松山選手は、トップアスリートでは珍しいコーチをつけない選手として有名でしたが、昨年の後半から、目澤秀憲氏をコーチに迎えています。コーチをつけて初めてのシーズン。どのような変化が起こるか注目されていた矢先のマスターズ優勝です。
これまで松山選手はプレー中に笑顔が少なく、怖い顔をしていることが多いという印象がありましたが、今回は、終始、表情が柔らかかったように思います。これもコーチをつけた影響なのでしょうか。
松山選手は、マスターズ3日目のインタビューでコーチについて聞かれ、
「自分ひとりで何がダメとか、フィーリングだけでやっていた部分で、自分が正しいと思い過ぎていた。今は客観的な目を持ってもらいながら、正しい方向に進んでいると思っている」
と答えています(※1)。
松山選手の努力は言うに及ばず、早藤將太キャディのサポートなど、彼のマスターズ優勝にはさまざまな要因があったと思います。
ただ、松山選手を支えるチーム松山にコーチが加わって半年での優勝は、コーチの存在を改めて考えさせられる出來事でした。
コーチの「コーチング」についての理解がコーチングを決める
スポーツ、ビジネスにかかわらず、「コーチの役割」に関する考え方は、一人ひとりのコーチによって違うものです。
そのコーチが、どのように「コーチング」を理解しているか、また、どのように「コーチングの目的」を認識しているかが、そのコーチが実行する具體的なコーチングを決めます。
目澤氏はあるインタビュー(※2)の中で、コーチの役割やコーチングに対する理解を次のように語っています。
スイング(の指導)というよりは、松山選手の『鏡』になってあげるのが役割かなと思います。チェッカーと言うよりも、松山選手が実現したいことが実現できるように、橋渡し的な存在になれたらと考えています。
それに、松山選手は勝つイメージは持っていると思いますし、勝つ手段も知っています。コーチは選手ではないですから、勝つ手段はわからないところなので、そこをコントロールするつもりはないです。
...チーム松山の一員として、松山選手が進もうとしている道を照らせるようにサポートしていけたらと考えています。
コーチング」に対する理解が、実際のコーチングに影響するという前提に立てば、コーチングをよりよいものに変化させ、進化させるためには、コーチングに対する理解を広げ、深める必要があると言えるのではないでしょうか。
20數年前、私がコーチングを始めた當時、私にとってのコーチングに対する最初の理解は、
コーチングとは、目標達成のために相手の自発的な行動を促進するコミュニケーションである
というものでした。
その後、
コーチングとは、目標達成に必要な知識、スキル、ルール等が何であるかを棚卸しし、それをテーラーメイドで備えさせるプロセスである
コーチングとは、望む変化は何なのかを見極め、その変化を後押しする人と行動に焦點を當て、変化が起こるであろうコンテキスト(文脈)を知り、このすべてを網羅するコミュニケーションを交わすこと
コーチングとは、リーダーが特定の期間內で、経営活動にポジティブな変化を起こすために、訓練されたコーチと定期的ミーティングをすること
などなど、多くのコーチとの「対話」を通して、また、コーチングに関する新しい情報に觸れていく中で、さまざま「理解」や「目的」が加わり、私にとっての「コーチング」は進化し続けています。
これは、社會構成主義の研究者の一人であるケネス・ガーゲン氏の言葉です。
社會構成主義は「対話」の哲學ともいえる學問で、コーチングに大きな影響を與えている研究の一つです。
「エージェント」は、一般的に「代理人、代理店」などと訳されることが多い単語ですが、語源をたどっていくと「力を行使する人」「為す人」「委託され、それを受けて実行する人」という意味があります。
それを踏まえて、ガーゲン氏のこの言葉を私なりに読み解くと、
「未來は今の延長線にすでにあるものではなく、『今ここ』での対話によってつくられるものである。『今ここ』での対話が変われば、未來も変わる。その変化し続ける未來から、対話によって未來をつくることを託されたエージェント、実行者、がコーチである」
未來は今の延長線にすでにあるものではなく、『今ここ』での対話によってつくられるものである。
『今ここ』での対話が変われば、未來も変わる。その変化し続ける未來から、対話によって未來をつくることを託されたエージェント、実行者、がコーチである
これが「コーチの役割」に対する、私の最新の理解です。一言で表現するならば、
「コーチは、対話によって未來を創る実行者である」
ということになるでしょうか。
僅差を爭う熾烈な戦いに挑むトップアスリート。複雑化、多様化し、予測困難な狀況で成果を出そうとするトップエグゼクティブ。アスリートも、エグゼクティブも、一人だけ、自分の考えだけで立ち向かうのは難しい。
今回の松山選手の優勝によって、一緒に考え、行動を後押しする「コーチ」の存在は、よりクローズアップされたように感じます。
コロナ禍による既存パターンの破壊。リモート勤務などの新しい社會通念。何が正解なのかわからない、多様化しさらに複雑化が進む社會。
この狀況の中で価値を創り出していくために、コーチングは組織にとっても個人にとっても、今まで以上に価値の高い取り組みの一つになっていると思います。
コーチ、あるいはコーチング的関わりをするすべての人は、自分の理解、目的にそったコーチングを実行しています。
そして、その人のコーチングに対する理解、目的が、実際に行うコーチングを決定づけています。さらに、松山選手と目澤コーチの関係を考えると、コーチを受ける立場のコーチングの理解や目的も、コーチングの質に影響するかもしれません。
あなたにとって「コーチング」とは何ですか?
【參考資料】
※1 GDOニュース「『中斷中はスマホでゲームしたり』/マスターズ3日目一問一答」 2021年4月11日
※2 ゴルフサプリ編集部「松山英樹のコーチに目澤秀憲『松山英樹が進もうとしている道を照らせる存在になりたい』」 2020年12月22日
日本大學大學院史學専攻修士課程修了。東京都公立中學校にて教員として勤務後、コミュニケーション研修の講師を10年間務める。1997年に株式會社コーチ・トゥエンティワンの設立、また、2000年に特定非営利活動法人日本コーチ協會の設立に參畫。2018年4月より現職。経営層を対象としたエグゼテクィブ・コーチングを中心に、數多くの企業や団體の組織開発に攜わる。2011年4月、K.I.T.虎ノ門大學院イノベーションマネジメント専攻客員教授に就任。