リモートワーク時代のセルフ・マネジメント

2021-02-07 People Focus
誰もが忘れていた「當たり前」

今回の感染症対策では、「誰もが健康でいる狀態」を我々は「當たり前」と思っていたことが浮き彫りになった。當たり前すぎて、當たり前だと思っていたことすら認識していなかった。ほんの1~2か月前まで、ほとんどの人は、いや、多くの経済學者ですら「世界経済は公眾衛生を前提に成り立っている」などとは考えていなかったはずだ。

20世紀前半までは伝染病による社會の混亂は何度も起こっていたわけだが、人類はこの數十年あまりそのことを忘れていた。我々の経済活動や社會活動は、「誰もが健康」であることを前提に設計されていて、そしてその前提に強く依存していたということすらも、すっかり忘れていた。

しかし、実は當たり前ではなかった。當たり前ではなかったという狀態を経験してはじめて、忘れていたものを思い出す。「文明が進歩するということは、自分の頭で考えなくても様々なことが出來てしまうということである。」と、數學者・哲學者のアルフレッド・ノース・ホワイトヘッドは述べている。文明の端境期にいる今、その存在を普段は全く意識していないからこそ、そうした「忘れてしまっている大事な前提」に意識を向けることが必要ではないだろうか。

セルフ・マネジメントの重要性

これからは平常時にも、「自分は今、何を忘れているだろうか(何を當たり前と思っているだろうか)」と自分に問いかけることが大切になるのではないかと思う。

現代社會では、様々なことがルーティン化・形式化・前提化されていく一方で、「このルーティンはどんな背景から生まれたのか」「なぜその形式化が必要だったのか」「何を前提としているのか」といった部分はブラックボックスになっている。いちいちそうしたことにまで遡っていたら、スムーズに社會や組織が運営できないからだ。

しかし、急にやってきたリモートワーク時代ではそうはいかない。多くの人が基本的に「ひとりで」仕事をしなければならない狀況にあり、セルフ・マネジメントの重要性が高まっている。セルフ・マネジメントというと、「望ましい成果を設定し、計畫を立てて、あとは成果実現に向けて、自分で自分を律しながら(時間や進捗の管理を行いPDCAを回して)進めていく」といったものをイメージするだろう。しかし、これができれば苦労しない。セルフ・マネジメントの方法論を説く書籍などは多いが、狀況に合った適切な判斷を行える人を対象としている。言ってみれば、セルフ・マネジメントができることを前提としているのだ。こんな矛盾はそうはない。

実際我々は、同じような失敗を繰り返している。計畫を立てて、それに従ってやるつもりでも、その通りに最後まで実行できた試しがない人は多いのではないか。一段階異なる階層(レイヤー)、つまり「忘れてしまっている大事な前提」にリーチしなければ、セルフ・マネジメントできるようにはならないのだ。

セルフ・マネジメントの方法論①(行動の背後にある感情や認識の)「枠組み」を自覚する

セルフ・マネジメントできるようになるためには、まずもって、自身の「認識の枠組み」を知らねばならない。

我々は、日々、自分自身で判斷を下し、自分自身の意思に沿って行動していると思っている。しかし、実は「認識の枠組み」によって自動でパターン認識が起きているだけであって、自分がコントロールしている領域は決して大きくないのだ。

クレアモント大學院 P.Fドラッカー経営大學院 準教授のジュレミー・ハンター氏によれば『人間の行動、思考、感情の90%は「無意識的な自動パターン」に支配されている』という。にもかかわらず、多くの人は、そもそも、自身の「認識の枠組み」に無自覚だ。

しかし、今は実は、自身の「認識の枠組み」を自覚する絶好の機會と言えるかもしれない。感染症対策で、実際、どのようなときにイライラしがちか、體験したことがない狀況に置かれたときにどういう行動を取りがちか、などを振り返って考えてみると、自分にパターンがあると感じることはないだろうか。人は現況のような先の見えない狀況におかれ、不安に苛まれたり恐れを抱いたりすると、デフォルトで反応してしまう、つまり「素」の自分が出る傾向がある、という研究結果もある。

自身の認識の枠組みを明らかにするのに有効なツールとして、ハーバード教育大學大學院の教授だったロバート・キーガンらが開発した『免疫マップ』(下図)がある。

セルフ・マネジメントの方法論②「免疫マップ」で、「裡の目標」をあぶりだす

「この機會に、今までの仕事のやり方を見直して変えよう」と、考えている人も少なくないだろう。しかし、行動変革というものは、なかなかできるものではない。なぜか。キーガンによればその答えは、「実は変えたくないから」だ。

成果実現に向けて望ましいと考える行動があるにもかかわらず、いつもそれとは異なる行動を取ってしまうような場合、自分自身の認識の枠組みが阻んでいる可能性が高い。いわば『アクセルとブレーキ』を同時に踏んでいる狀態と言ってよい。

よく「変わりたくても変われない」という人がいるが、それは実は「自覚せずについている噓」なのだ。「変わりたくても変われない」のではなくて、「変わらない目的」がある。これを免疫マップでは「裡の目標」と呼ぶ。人が行動を変えるには、まずこの裡の目標を明らかにしないと始まらない。

我々は免疫マップを數多のクライアントのリーダーの行動変革を支援する場面で用いてきたが、極めてパワフルなツールだと実感している。描いてみると、確かに、自覚していなかった裡の目標を勝手に自身が掲げていることをつきつけられ、衝撃を受ける。自己変革を妨げているのは自分自身の內面のシステムなのだ。自分の中に存在する免疫機能が、合理的にそして巧みに不安から自分を守ろうとしているのだ。

セルフ・マネジメントの方法論③「マインドフルネス」で、今この瞬間をコントロールする

免疫マップのようなツールを活用しながら自身の「認識の枠組み」を自覚し、そして「裡の目標」をあぶりだしたら、あとは、成果実現や行動変革に向けて「自身の行動をコントロールする」ことである。これを促進するには「マインドフルネス」の考え方が有用だ。ストレスや不安を解消し心を整える試みとして、多くの人の関心を集めている。

我々は普段、処理しきれないほどの情報量の中にいるため、なかなか心が休まる時間を持てていない。頭の中でさまざまな思考を繰り返し、「あれこれ考えすぎている」狀態にある。常に「評価」を気にし、「不安」を抱き、さらには「恐怖」といった感情に苛まれている。

そのような狀態でいると、頭の中は混亂し、事実が見えなくなったり、否定的な聲ばかりが大きくなったりもする。ストレスが溜まる。そして結果的に、パフォーマンスも下がる。まさに心がセルフ・マネジメントできていない狀態と言えよう。

マインドフルネスでは、『「今この瞬間」の現実に気づきを向ける』、『現実を「あるがままに」自覚する』、そして『それに対する思考や感情に「囚われない」』でいる心の持ち方が極めて重要と考えられている。この概念は、Googleで開発されたSIY(Search Inside Yourself)というプログラムが紹介されたことを契機に、注目度が高まってきている。ポイントは、自分に訪れる思考や感情をあるがままに「客體化する」ことだ。ある感情や思考がおとずれた時、『いま、自分はこういう考えや感情を持っている』ということを客體化して捉えるために、時に書き出すこと(ジャーナリング)が有効とされている。

マインドフルネスは、精神狀態を意識的にコントロールし改善していこうとする行為だが、うまく心身に作用すれば、それまで振り回されていた漠然とした不安感からも解放され、精神的に安定した自分になることができるというものと言えよう。心身ともにリラックスを図りながら感覚を敏感にしていく試みなので、禪などをモチーフにした、瞑想や呼吸法を伴った方法論が多い。參考までに、筆者が通っている合氣道道場で行なわれている呼吸法を紹介しておくので、よければ実踐してみて欲しい(下図)

セルフ・マネジメントの方法論④「小さく始める」、そして習慣化する

最後は、ここで述べたようなセルフ・マネジメントの方法論を習慣化していくことだ。

今まで自分が自身の中に培ってきた「認識の枠組み」を変えていく、というのには、一抹の不安や恐れと向き合わねばならないだろう。あまり高望みせずに、小さく始めることが肝心である。現在、世の中は壯大な社會実験をしているようなものだから、自分も自分の中に『実験室』を設定したと考え取り組んでみるのがよいだろう。そして取組みの成果を定期的に観察していくわけだが、その時のカギは、変化(進化)をミクロの視點で見ることだ。変化の成果を急ぐがあまり、「全然変わらない」と感じることが非常に多い。よくよく考えてみるとわかるはずだが、これまで長年培ってきた習慣を変えるというのは時間がかかって當然である。

子供の成長を見守るように自分を見ることだ。勉強をやる習慣がなかった子供に、その重要性を伝え、やり方を教えたところで、すぐに劇的に変化するという事はなかったはずである。むしろ、「そろそろ宿題やろうかなと気になるようになった」とか「決まった時間に機に座るようになった」など、ちょっとした変化を認めながら前に進めていったのではないだろうか。我々の取組みも同じである。ちょっとした変化を味わいながら進めていくことが肝要である。もし焦りを感じる人がいたのなら、『人はすぐに変われるものだ』という認識の枠組み自體を見直した方がよい。

この章の前半で確認したように、我々は「認識の枠組み」に支配されており、多くの行動は無自覚に自動パターンで行っている。だから、習慣化するというのは、自分の習慣を新たな習慣に塗り替える作業と言ってもよい。習慣化すると、例えば歯を磨かずに寢たり、手を洗わずにトイレから出たりしたときと同じように違和感を感じるようになるはずだ。自宅にこもる生活をしていると、最初のうちは、居心地の悪さやタガが外れたような感覚を抱いた人も多かったのではないだろうか。しかし、だんだん慣れてきて、それぞれに新しいルーティンができて、それが習慣化し始めている頃でもないだろうか。ならば、今こそ自分の習慣を見直してみるときだ。

吉村浩一(PFCシニア・コンサルタント)

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