戦國武將は、なぜ雑草を家紋にしたのか
戰國武將為什麼用雜草作家紋?
アオイ、ナズナ、ツタ…地味すぎモチーフの謎
葵,薺菜,常春藤。。。樸素過頭家紋之謎
なぜ戦國武將は、わざわざ雑草を選んで家紋にしたのか?
為什麼戰國武將特意選擇雜草作為家紋呢?
豪傑ぞろいだった戦國武將と植物には意外な関係があった。戦國武將といえば勇猛で植物を愛するような繊細な神経はないように感じられるが、実は、彼らは、予想外に植物をめで、観察し、役立てていた。
豪傑並起的戰國武將和植物之間有著令人意外的關係。說起戰國武將,給人的感覺就是勇猛,無法讓人將其與喜愛植物,細心等形容詞聯繫起來。事實上,他們很喜愛植物,觀察它們,然後將之利用起來。
たとえば、戦國武將たちの紋章には植物が多くモチーフとなっていることに、お気づきだろうか。
比如,大家都注意到戰國武將的家紋中很多都是植物。
だが、日本の戦國武將の家紋には、道端の小さな雑草などが多く使われている。たとえば、田畑に生えるカタバミやオモダカ、別名「貧乏草」のナズナ、可憐なナデシコなどなど。徳川家でさえ、地味で目立たないフタバアオイを家紋のモチーフにしている。
但是,日本戰國武將的家紋,多使用路邊的小草。比如在田埂上生長的酢漿草和野慈姑,別名「貧乏草」的薺菜,嬌弱的瞿麥之類。德川家更是使用土氣不起眼的雙葉葵作為家紋。
これはどうしたことだろう。
這到底是什麼原因呢?
西洋でも植物が紋章のモチーフになることはあるが、ルイ王家はユリの花、フランス王家はアヤメの花、イギリス王家ではバラの花だ。どれも高貴で華麗な植物である。
西洋也存在將植物作為家紋的現象,像路易家族的百合花,法國王室的菖蒲,英國王室的玫瑰,都是高貴華麗的植物。
それに比べると、日本の武將たちの紋章は、ずいぶん地味でつましくはないだろうか。もっと、強そうな生き物をモチーフにしてもよかったのでは、と思ってしまう。
與此相比,日本武將的家紋就過於樸素,讓人不由產生如果是更強大的植物就好了的想法。
実は、戦國武將たちが、好んで植物をモチーフにしたのには、それなりの理由があったのだという。
實際上,戰國武將將這些植物作為家紋有以下理由。
ご存じ、「葵の御紋」。だが、葉が3枚あるこのような植物は、存在しないという。
眾所周知的「葵之紋」,但是像這種有3枚葉子的植物是不存在的。
一般には、単に「葵の御紋」と呼ばれているが、正確には「三つ葉葵の御紋」である。その名のとおり、3つのハート型の葉が組み合わされた家紋だ。
一般,只是稱之為「葵紋」,正確的讀法應該是「三葉葵」。如名所示,是三個葉子組合的家紋。
ところが、三つ葉葵のモデルとなっている葵は、これらとは違うのである。
另外,很受歡迎的三葉草,和這個是不一樣的。
「葵の御紋」のモチーフとなったフタバアオイ。ご覧のとおり、とても「地味」な植物だ。
「葵紋」作為家紋,就像所見的一樣,是非常普通的植物。
田畑の雑草が家紋に用いられたワケ
將田間雜草用作家紋的原因
ところで、日本の家紋に用いられている十大紋は「鷹の羽、橘、柏、藤、おもだか、茗荷、桐、蔦、木瓜、かたばみ」である。
日本的十大家紋有「鷹之羽,橘,柏,藤,野慈姑,野薑,梧桐花,爬山虎,木瓜,酢漿草」。
このうち、オモダカとカタバミは雑草なのだ。そして、両方とも武將たちにたいへん人気があった。
其中野慈姑和酢漿草都是雜草。而且這兩者都很受武將的歡迎。
なぜ武將たちは、このような、取るに足らぬ雑草を家紋にしたのだろうか。
為什麼武將將這種不足為奇的雜草作為家紋呢?
オモダカは田んぼに生えている雑草で、生命力が強い。葉の形が矢じりに似ていることから「勝ち草」とも呼ばれたため、ゲンを擔いで家紋に用いられたのだという。
野慈姑是田間生長的雜草,具有旺盛的生命力。葉子的形狀與箭矢相似,也被稱為「勝利之草」,取其勝利的兆頭,成為了家紋。
また、かたばみ紋は、徳川四天王の酒井忠次が家紋としている。カタバミは、抜いても抜いても種を殘して繁茂していく。戦國武將はそこに子孫繁栄の願いを込めて家紋にしたのだという。
酢漿草紋是德川四天王,酒井忠次的家紋。酢漿草無論被拔多少次,只要留有根,仍能夠存活。在這裡,寄予了戰國武將希望子孫繁榮的願望。
下克上大名にふさわしいツタの家紋
與下克上大名相稱的家紋
戦國時代は下克上の時代でもある。
戰國時代也是下克上的時代。
たとえば、斎藤道三も代表的な下克上大名だ。「美濃のまむし」と恐れられた道三の用いていた家紋が、なんとかわいらしい「ナデシコ」なのである。
比如,齋藤道三就是代表的下克上大名。被稱作「美濃的蟒蛇」而令人恐懼的道三,所用的家紋,是與其行為相稱的瞿麥。
平安時代、唐から伝えられたナデシコは唐なでしこと呼ばれた。
平安時代,自唐朝傳來的瞿麥,被稱做唐撫子。
唐なでしこは、別名「セキチク(石竹)」ともいう。セキチクが巖場に生えて竹のような葉をつけるからである。
唐撫子也有別名石竹。因為石竹的葉子同生長在夾縫中的竹葉相似。
中國の言い伝えでは、ある武將が虎と間違えて巖を矢で射たところ、巖に矢が刺さり、セキチクになった。この故事から、セキチクは武道の精神を表すとして、武家に好まれたのだそうだ。
在中國的傳說中,有一個武將將巖石看成了老虎,射入巖石的箭,就變成了石竹。這個故事有武道精神,在武士中很受歡迎。
また、下克上大名のひとりに、松永久秀がいる。この久秀の家紋はツタ(蔦)である。ツタは自立しないでほかの植物にからみつき、背を伸ばしていく図々しい植物である。
下克上的大名還有一位叫做松永久秀。這位松永久秀的家紋是爬山虎。爬山虎無法獨自生長,需要依靠其他植物。
普通の植物は、自分で立たなければならないので、莖を頑強にしていく必要がある。それには多大なエネルギーがいる。
普通的植物,因為要獨立生長,莖必須粗壯,其中需要很大的能量。
ところがツタのようなつる草は、ほかの植物にからみつくため、自分で立つ必要がない。莖も頑丈にする必要はない。その分、餘ったエネルギーを、つるを伸ばすことに使えるのである。だから伸びるのが早い。
像爬山虎一樣的草,因為依附於其他植物,無需自我支撐,也不需要粗壯的莖幹。由此,多餘的養分可以用來藤曼的生長,因此長得很快。
巻き付かれた植物のほうはたまったものではない。ツタに覆われて陽の光も十分受けられなくなり、枯れてしまうこともある。
但是被依附的植物生長並不順利。被爬山虎覆蓋,不能充分受到陽光的照射,最後甚至可能枯萎。
なるほど、ツタの生き方は、いかにも下克上大名にふさわしいと納得した。
原來,爬山虎的生存方式與下克上相似,被大名所接受了。