むかしむかし、ある町まちに、屋臺の焼きいも屋やが現あらわれました。
屋臺(やたい)とは、屋根が付いていて、移動可能で、飲食物や玩具などを売る店舗。
焼き芋(やきいも)
焼き芋屋が屋臺や軽トラックに専用の釜を積み売り歩く姿は、日本の冬の風物詩のひとつである。売り歩く際は、「いーしやぁーきいもー、おいもー」といった獨特の節回しで呼びかけるのが定番で、地域によっては「ポー」あるいは「ピヨーーーー」と聞こえる音が鳴る獨特の笛の音を響かせて街を巡る。
「えー、八裡半はちりはんの焼やきいも~ 焼やきたての、八裡半はちりはんの焼やきいもだよ~」
焼やきいも好きな男おとこがこれを聞きいて、焼やきいも屋やに聲こえをかけました。
「おーい、焼やきいも売うり。八裡半はちりはんの焼やきいもとやらを、もらおうじゃないか」
「へい、ありがとうございます」
「しかし、八裡半はちりはんの焼やきいもとは、何のことだ?」
「へい。この焼やきいもの味あじが、クリ(九裡くり→くり)に近ちかいという、なぞかけでごぜえますだ」
クリ(慄)
「なるほど。九裡くりから少すこし引ひいて、八裡半はちりはんか。うまい事ことを言いうな。よし、一本いっぽんたのむよ」
「へい。まいどあり」
男おとこが八裡半はちりはんの焼やきいもを割わってみると、確たしかにクリの様ように黃色きいろくておいしそうです。
けれども食たべてみると、クリほどにはおいしくありませんでした。
「確たしかに、うまいはうまいが、クリにはおよばねえな。名前なまえ通どおりだ」
男おとこが歩あるいて行いくと、別べつの焼やきいも屋やがありました。
「えー、九裡くり半はんの焼やきいもはいかがですか~ 焼やきたての九裡くり半はんの焼やきいも~」
「おーい、焼やきいも屋や。九裡くり半はんの焼やきいもとやらを、もらおうじゃないか。ところで、九裡くり半はんとは何なんのことだ?」
「へい、クリより、半裡もうまいという、なぞかけですだ」
「ほほう、それで九裡くり半はんか」
男おとこが食たべてみると、確たしかにあまくて、クリよりおいしい焼やきいもでした。
「ああ、うまかった。さすが九裡くり半はんだ。名前なまえ通どおりだ」
男おとこがさらに歩あるいて行いくと、また別べつの焼やきいも屋やがやって來きました。
「えー、十裡じゅうりの焼やきいもはいかがですか~ 焼やきたての十裡じゅうりの焼やきいも~」
「焼やきいも屋や。十裡じゅうりの焼やきいもとは、何の事ことだ?」
「ああっ、説明せつめいするよりも、食くって見みりゃわかるだ」
今度こんどの焼やきいも屋やは、えらく態度たいどの悪わるい焼やきいも屋やです。
(まあ、八裡半はちりはん、九裡くり半はんと來きて、どんどんうまくなっているから、この十裡じゅうりの焼やきいもは、もっとうまい焼やきいもにちがいない)
男おとこはそう思おもって十裡じゅうりの焼やきいもを食たべてみたのですが、いもが悪わるいのか固かたくてゴリゴリしています。
とてもまずくて、食たべられたものではありません。
「なんだい、このまずい焼やきいもは! ゴリゴリして、食くえたもんじゃないぞ!」
男おとこが文句もんくをいうと、焼やきいも屋やはすました顔かおで言いいました。
「だから、十裡じゅうりと言いっただろう。五ご裡りと五ご裡りで十裡じゅうり。焼やきいもがゴリゴリしていてあたり前まえだ」
「なるほど、確たしかに名前なまえ通どおりだ」
おしまい