森下眞由美さん
「非常勤ひじょうきんであるがゆえに、労災ろうさいの申請しんせいすら受うけ付つけていただけない、非常勤ひじょうきん職員しょくいんの方が苦くるしむことのないよう、労働ろうどう環境かんきょうや補償ほしょう制度せいどを改善かいぜんしてください」
おととし8月はちがつ、福岡ふくおか市しにある司法しほう記者きしゃ室しつで、感情かんじょうを抑おさえようとしながらも涙なみだながらに私わたしたちに訴うったえたのは娘むすめを自殺じさつで亡なくした森下もりした眞由美まゆみさんでした。
森下もりしたさんの娘むすめ、佳奈かなさんは、7年ねん前まえ、北九州きたきゅうしゅう市しの非常勤ひじょうきん職員しょくいんとなり、區役所くやくしょで、児童じどう虐待ぎゃくたいなどを扱あつかう相談そうだん員いんとして勤務きんむしていました。障害しょうがいのある子こどもたちのために働はたらきたいと、大學院だいがくいんを卒業そつぎょう後ご、臨床りんしょう心理しんり士しの資格しかくをとるまでの間あいだ、少すこしでも現場げんばで経験けいけんを積つみたいと就職しゅうしょくを決きめた佳奈かなさん。
當初とうしょは「仕事しごとが楽たのしくやりがいがある」と、充実じゅうじつした生活せいかつを伝つたえるメールが森下もりしたさんのもとに屆とどいていました。しかし、およそ半年はんとし後ご、メールの內容ないように変化へんかが現あらわれ始はじめました。
「2時間じかん、問とい詰つめられて泣なかされた」
「朝あさ、顔かおを見みるなり『生いきてましたか?』とだけ言いわれた」
職場しょくばで嫌いやがらせを受うける悩なやみを訴うったえるメールが続つづいたといいます。
「この時ときに戻もどって救すくってあげていれば…」森下もりしたさんは、いまも佳奈かなさんの攜帯けいたい電話でんわを大切たいせつに保管ほかんし、當時とうじを悔くやんでいます。
佳奈かなさんは、その後ご、うつ病びょうと診斷しんだんされ、療養りょうように入はいりましたが、就職しゅうしょくから1年ねんで退職たいしょく。療養りょうよう中ちゅうも、自身じしんが擔當たんとうしていた相談そうだん者しゃのことをずっと気きにかけていたといいます。
しかし、その2年ねん後ごに自殺じさつしました。
労災請求の権利がない?
佳奈かなさんの自殺じさつの後、森下もりしたさんは驚おどろくべき事実じじつを知しることになります。
亡なくなった娘むすめのために、公務員こうむいんの労働ろうどう災害さいがいにあたる公務こうむ災害さいがいと認みとめるよう請求せいきゅうしました。しかし北九州きたきゅうしゅう市しは、條例じょうれいの施行しこう規則きそくを理由りゆうに、「非常勤ひじょうきん職員しょくいんに請求せいきゅうする権利けんりはない」と回答かいとうしました。
どうして、條例じょうれいによって請求せいきゅうすることができないのか。地方ちほう公務員こうむいんの公務こうむ災害さいがいは、職員しょくいんの場合ばあい、本人ほんにんや遺族いぞくが地方ちほう公務員こうむいん災害さいがい補償ほしょう基金ききんという第三者だいさんしゃ機関きかんに認定にんていを請求せいきゅうします。
しかし、非常勤ひじょうきん職員しょくいんの場合ばあいは、自治體じちたいごとに條例じょうれいでその対応たいおうを決きめていて、北九州きたきゅうしゅう市しでは職場しょくばの上司じょうしの報告ほうこくをもとに最終さいしゅう的てきには市しが認定にんていすることになっていました。このため、本人ほんにんや遺族いぞくは當時とうじ、請求せいきゅうすることができなかったのです。
これは、昭和しょうわ40年代ねんだいに當時とうじの自治省じちしょうが示しめしたひな形かたちをもとにつくられたものでした。
森下もりしたさんは、「自殺じさつは上司じょうしのパワハラなどが原因げんいんのうえ、非常勤ひじょうきんを理由りゆうに公務こうむ災害さいがいの認定にんてい請求せいきゅうを認みとめないのは違法いほうだ」として、市しに対たいして賠償ばいしょうを求もとめる訴うったえを起おこし、現在げんざいも裁判さいばんが続つづいています。
北九州きたきゅうしゅう市しは、「パワハラはなく、條例じょうれいに違法いほう性せいはない」としています。
「同おなじ人ひとなのに常勤じょうきんと非常勤ひじょうきんで命いのちの重おもさに違ちがいがあるって言いわれたとしか思おもえませんし、條例じょうれいで決きまっているからだめなんですよって言いって、もうそれで終おわりです。なぜ、娘むすめが亡なくなったのか。納得なっとくできないですし、娘むすめのことだけを思おもって供養くようする穏おだやかな気持きもちがほしいけど今いまの狀況じょうきょうでは無理むりだと思おもいます」
遺族の聲で見直しの動き
「娘むすめの死しをむだにしない」
森下もりしたさんの思おもいが、國くにを動うごかすきっかけとなりました。
森下もりしたさんは、最愛さいあいの娘むすめを失うしなった悲かなしみや、労災ろうさいの請求せいきゅうを受うけ付つけてもらえない苦くるしさなどをつづった手紙てがみを當時とうじの野田のだ聖子せいこ総務そうむ大臣だいじんに出だしたところ、野田のだ大臣だいじんが制度せいどの見直みなおしを約束やくそくしてくれたのです。
そして、去年きょねん7月しちがつ、総務そうむ省しょうは、全國ぜんこくの自治體じちたいに対たいし、公務こうむ災害さいがいの請求せいきゅうについて、規則きそくを見直みなおし、非常勤ひじょうきん職員しょくいんやその遺族いぞくに労災ろうさいの請求せいきゅう権けんを認みとめるよう通知つうちを出だしました。
東京とうきょうのNPO、「官製かんせいワーキングプア研究けんきゅう會かい」が調査ちょうさした結果けっか、去年きょねん4月しがつの時點じてんで北九州きたきゅうしゅう市しを含ふくめて少すくなくとも23の自治體じちたいが同おなじように請求せいきゅうを認みとめていませんでした。
総務そうむ省しょうの通知つうちを受うけてNPOが都道府県とどうふけんや政令せいれい指定してい都市としなど154の自治體じちたいを対象たいしょうに去年きょねん12月じゅうにがつ時點じてんでの対応たいおうを調しらべたところ、回答かいとうした111の自治體じちたいのうち、60の自治體じちたいが規則きそくを改正かいせいし、非常勤ひじょうきん職員しょくいんやその遺族いぞくも請求せいきゅうできることを明文化めいぶんかしました。
北九州きたきゅうしゅう市しも現在げんざいは規則きそくを改正かいせいしています。さらに43の自治體じちたいが規則きそくの改正かいせいに向むけた手続てつづきなどを進すすめています。
「こうした動うごきは評価ひょうかできるが、規則きそくを改正かいせいしても非ひ正規せいき職員しょくいんへの周知しゅうちが不十分ふじゅうぶんな自治體じちたいも多おおいと感かんじている。正規せいきと非ひ正規せいきの間あいだには給與きゅうよや休暇きゅうかなどの格差かくさもあり、改善かいぜんをさらに進すすめていく必要ひつようがある」
急増する「非正規公務員」
自治體じちたいで非常勤ひじょうきんや臨時りんじなどで働はたらく「非ひ正規せいき公務員こうむいん」の実態じったいはどうなっているのか。NHKでは全國ぜんこくの都道府県とどうふけんと市町村しちょうそん、それに東京とうきょう都內とないの23の特別とくべつ區くについて、総務そうむ省しょうの統計とうけいデータを情報じょうほう公開こうかい請求せいきゅうで入手にゅうしゅし、分析ぶんせきしました。
それによりますと、全國ぜんこくの市區しく町村ちょうそんで働はたらく非ひ正規せいき公務員こうむいんは2005年ねんはおよそ34萬3000人にん、職員しょくいん全體ぜんたいに佔しめる割合わりあいは20.7%でしたが、2016年ねんは48萬8000人にん餘あまりと30.3%まで増ふえています。
さらに非ひ正規せいき公務員こうむいんの割合わりあいが50%を超こえる自治體じちたいは2005年ねんは13でしたが、2016年ねんは92となっていて、10年ねん餘あまりの間あいだに7倍ばいに急増きゅうぞうしています。
役所やくしょでの窓口まどぐち業務ぎょうむや事務じむ作業さぎょうにあたる職員しょくいんのほか、保育ほいく士しや図書館としょかん職員しょくいんなどで非ひ正規せいき公務員こうむいんが多おおくなっています。
なぜ、非ひ正規せいき公務員こうむいんを増ふやすのか。各地かくちの自治體じちたいにその理由りゆうを取材しゅざいすると、厳きびしい財政ざいせい狀況じょうきょうでの人件じんけん費ひの削減さくげんだけでなく、人ひと手不足てぶそくで正規せいき職員しょくいんの確保かくほが難むずかしいという聲こえも聞きかれました。
待遇格差が課題
その一方いっぽうで正規せいき職員しょくいんとの間あいだで待遇たいぐうの格差かくさが大おおきな課題かだいとなっています。
たとえば「産休さんきゅう」、産前さんぜん・産後さんご休暇きゅうかは法律ほうりつですべての労働ろうどう者しゃに取得しゅとくが認みとめられています。しかし総務そうむ省しょうの調査ちょうさでは、窓口まどぐち業務ぎょうむなどを行おこなう臨時りんじ・非常勤ひじょうきんの「非ひ正規せいき公務員こうむいん」が働はたらく全國ぜんこくの自治體じちたいのうち、産休さんきゅうを制度せいどとして定さだめていないのは2016年ねん4月しがつの時點じてんで延のべ750ありました。全體ぜんたいの35%で産休さんきゅうの制度せいどがなかったのです。
また、子こどもがけがや病気びょうきをした際さいの「看護かんご休暇きゅうか」に関かんしては53%、「通勤つうきん交通こうつう費ひの支給しきゅう」は33%の自治體じちたいが制度せいどとして定さだめていませんでした。
総務そうむ省しょうや専門せんもん家かによりますと、以前いぜん、「非ひ正規せいき公務員こうむいん」は短時間たんじかんで補助ほじょ的てきな業務ぎょうむに関かかわることが前提ぜんていでした。しかし正規せいき職員しょくいんと同おなじような仕事しごとを擔になうようになってきたのに、待遇たいぐう面めんは以前いぜんのままというのが実態じったいだといいます。
私たちの生活にも影響か
取材しゅざいを通つうじてわかったのは、非ひ正規せいき公務員こうむいんの待遇たいぐう改善かいぜんが置おき去ざりにされたまま、その數かずだけがどんどん増ふえている現狀げんじょうでした。
賃金ちんぎん引ひき上あげやボーナスの支給しきゅうなどは多額たがくのコストがかかるだけに今いますぐに改善かいぜんするのは簡単かんたんではないかもしれません。しかし、労災ろうさいを申請しんせいする権利けんりや産休さんきゅうなど、働はたらく人ひととして認みとめられるべき権利けんりについては、速すみやかに制度せいどを整備せいびしていくべきだと思おもいます。
専門せんもん家かからは非ひ正規せいき公務員こうむいんの待遇たいぐうが低ひくいままでは今後こんご、人手ひとでが確保かくほできなくなり、行政ぎょうせいサービスの維持いじが難むずかしくなるおそれがあるという指摘してきも出でています。
住民じゅうみんのニーズに応こたえる行政ぎょうせいサービスを維持いじしながら、限かぎられた予算よさんの中なかで、非ひ正規せいき公務員こうむいんの待遇たいぐうをどう改善かいぜんしていくのか。サービスを受うける私わたしたちも、考かんがえていかないといけないと思おもいました。
この「非ひ正規せいき公務員こうむいん」の問題もんだい。私わたしたちはこれからも取材しゅざいを続つづけていきたいと考かんがえています。読よんでいただいた皆みなさまからの情報じょうほう提供ていきょうをお待まちしています。