むかしむかし、あるところに、たのきゅうという旅たびの役者やくしゃがいました。
お母かあさんが病気びょうきだという手紙てがみがきたので、大急おおいそぎで戻もどる途中とちゅうです。
ところが、ある山やまのふもとまで來くると、日が暮くれてしまいました。
すると茶店ちゃみせのおばあさんが、たのきゅうに言いいました。
「およしなさい。この山やまには大おおきなヘビがいるから、夜よるは危あぶないよ」
でもたのきゅうは病気びょうきのお母かあさんが心配しんぱいなので、山やまへ登のぼっていきました。
そして峠とうげでひと休やすみしていると、白髪のおじいさんが出でてきて言いいました。
「お前まえさんは、だれだ?」
「わしは、たのきゅうという者ものじゃ」
だけどおじいさんは、『たのきゅう』を『たぬき』と聞きき間違まちがえました。
「たぬきか。たぬきなら、化ばけるのがうまいだろ。さあ、化ばけてみろ。わしは大ヘビだ。わしも化ばけているんだ」
大ヘビと聞きいて、たのきゅうはびっくり。
「さあ、はやく化ばけてみろ。それとも、化ばけるのが下手へたなのか?」
怖こわさのあまりブルブルとふるえていたたのきゅうですが、大ヘビに下手へたと言いわれて役者やくしゃ魂たましいに火ひがつきました。
「下手へた? このわしが下手へただと? よし、待まっていろ。いま、人間にんげんの女おんなに化ばけてやる」
たのきゅうは荷物にもつの中なかから取とり出だした女おんなのかつらと著物きものを著きて、色いろっぽく踴おどって見みせました。
「ほほう、思おもったより上手じょうずじゃ」
と、おじいさんは、感心かんしんしました。
そして、
「ときに、お前まえのきらいな物ものは、なんじゃ?」
と、聞ききました。
「わしのきらいなのは、お金かねだ。あんたのきらいな物ものは、何なんだね?」
「わしか? わしのきらいな物ものは、
タバコのヤニ(たばこの煙のうち、一酸化炭素やガス狀成分をのぞいた粒子狀の成分のこと)
と
カキのシブ(柿渋(かきしぶ)は、渋柿の未熟な果実を粉砕、圧搾して得られた汁液を発酵・熟成させて得られる、赤褐色で半透明の液體。)だ。
これを體からだにつけられたら、しびれてしまうからな。さて、お前まえはたぬきだから助たすけてやるが、この事ことは決けっして人間にんげんに言いってはならんぞ。じゃ、今夜はこれで別わかれよう」
そう言いったかと思おもうと、おじいさんの姿すがたは見みえなくなってしまいました。
「やれやれ、助たすかった」
たのきゅうはホッとして山やまを下おり、ふもとに著ついたのはちょうど夜明よあけでした。
たのきゅうは村人むらびとたちに、大ヘビから聞きいた話はなしをしました。
「と、言いうわけだから、タバコのヤニとカキのシブを集あつめて、大ヘビのほら穴あなに投なげ込こむといい。そうすれば大ヘビを退治たいじ出來できて、安心あんしんして暮くらせるというもんじゃ」
それを聞きいて、村人むらびとたちは大喜よろこびです。
さっそくタバコのヤニとカキのシブを出來できるだけたくさん集あつめて、大ヘビのほら穴あなに投なげ込こみました。
「うひゃーあ、こりゃあ、たまらねえ!」
大ヘビは死しにものぐるいで隣となりの山やまに逃にげ出だして、なんとか命いのちだけは助たすかりました。
「きっと、あのたぬきのやつが、わしのきらいな物ものを人間にんげんどもにしゃベったにちがいない。おのれ、たぬきめ! どうするか覚おぼえてろ!」
大ヘビは、カンカンになって怒おこりました。
そしてたのきゅうが一番いちばんきらい物ぶつは、お金かねだという事ことを思おもい出だしました。
そこで大ヘビはたくさんのお金かねを用意よういすると、たのきゅうの家いえを探さがして歩あるきました。
そしてやっとたのきゅうの家いえを探さがし當あてたのですが、家いえの戸とがぴったりと閉しまっていて中には入いれません。
「さて、どうやって入はいろうか? ・・・うん?」
そのとき大ヘビは、屋根やねにあるけむり出だし口くちを見みつけました。
「それっ、たぬきめ、思おもい知しれっ!」
大ヘビは、けむり出だし口くちからお金かねを投なげ込こんでいきました。
おかげでたのきゅうは大金たいきんを手てに入いれて、そのお金かねで良よい薬くすりを買かうことが出來できたので、お母かあさんの病気びょうきはすっかり治なおったと言いうことです。
おしまい