前にタマヨの絵を美術雑誌の原色版で見てそのまか不思議な色彩にひどく惹かれました。
それ以來私は何が何でもタマヨのファンになってしまいました。タマヨのよく使う発酵した様な異様な黃色や紫や桃色にひきつけられたのです。今度のメキシコ展で民芸品の部屋に足をふみ入れると私は「これだ。タマヨの色は」と思いました。民芸品の切り紙も人形も皆タマヨのあの魅力的な紫色や桃色なのでした。これはメキシコの現代絵畫のすべてに雲えることなのですが、何千年も昔の土偶の形態も民芸品のネンドの人形の色も皆現代絵畫の中にそのまま生きていて彼等の激しい力と情熱を語る強力な言葉になって居るのです。
全くメキシコの絵畫は彼等の言葉で彼等の問題を精一杯に叫んで居ます。それ故にメキシコの絵畫はメキシコの國の誇りとなりメキシコ人すべての誇りとなっているのだと思いました。私はメキシコの作家達が大きなビルの外側の巨大な壁面に思い切り腕をふるって壁畫を描いていることを心からうらやましく思います。國と國民の生活と作家がこんなに密接につながっている國を素晴しいと思いました。日本の現代絵畫は日本の國や日本の多くの人々とは何の関係もないところで描かれているということが、私には間違ったことに思えるのです。(「美術批評」1955年10月)
底本:「芥川紗織展」橫須賀美術館、一宮市三岸節子記念美術館
2009(平成21)年2月
初出:「美術批評」美術出版社
1955(昭和30)年10月1日発行
※底本は橫組みです。