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(最後面粘了點感想)毒もみのすきな署長さん宮沢賢治 (みやざわ けんじ)四つのつめたい谷川が、カラコン山の氷河から出て、ごうごう白い泡(あわ)をはいて、プハラの國にはいるのでした。四つの川はプハラの町で集って一つの大きなしずかな川になりました。その川はふだん(普段)は水もすきとおり、淵(ふち)には雲(くも)や樹(き)の影もうつるのでしたが、一ぺん洪水(こうずい)になると、幅(はば)十町もある楊(やなぎ)の生えた広い河原(かわら)が、恐ろしく咆える水で、いっぱいになってしまったのです。けれども水が退きますと、もとのきれいな、白い河原があらわれました。その河原のところどころには、蘆(あし)やがまなどの岸に生えた、ほそ長い沼(ぬま)のようなものがありました。
冷たい つめたい;谷川 たにがわ 山谷間的溪流;氷河 ひょうが 冰河;冰川;轟々 ごうごう 轟轟隆隆;喧囂;泡 あわ 泡;水花;吐く はく 冒出;噴出;集る あつまる 集中;匯集;靜か しずか;透き通る すきとおる 清澈;淵 ふち 潭;深水處;映る うつる 反射;映射;一遍 いっぺん;幅 はば 寬度;町 ちょう 距離單位;楊 やなぎ 楊柳;柳;生える はえる 生;長;河原 かわら 河灘;咆える ほえる 咆哮;退く しりぞく 後退;離開;元 もと 原來;原本;現れる あらわれる 顯現;露出;ところどころ 這兒那兒;蘆 あし 蘆葦;蒲 がま 蒲;岸 きし;細長い ほそながい 細長; それは昔の川の流れたあとで、洪水のたびにいくらか形も変るのでしたが、すっかり無くなるということもありませんでした。その中には魚がたくさんおりました。殊(こと)にどじょうとなまずがたくさんおりました。けれどもプハラのひとたちは、どじょうやなまずは、みんなばかにして食べませんでしたから、それはいよいよ増えました。
度 たび 次;回;いくらか 多少;稍微;すっかり 全部已經;完全;殊に ことに 特別;尤其;泥鰌 どじょう 泥鰍;なまず 鯰魚;馬鹿にする(ばか) 瞧不起;輕視;いよいよ 越發; なまずのつぎに多いのはやっぱり鯉(こい)と鮒(ふな)でした。それからはやもおりました。ある年などは、そこに恐ろしい大きなちょうざめが、海から遁げて入って來たという、評判などもありました。けれども大人(おとな)や賢い子供らは、みんな本當にしないで、笑っていました。第一それを雲いだしたのは、剃刀(かみそり)を二梃(ちょう)しかもっていない、下手な床屋(とこや)のリチキで、すこしもあてにならないのでした。けれどもあんまり小さい子供らは、毎日ちょうざめを見ようとして、そこへ出かけて行きました。いくらまじめに眺めていても、そんな巨(おお)きなちょうざめは、泳ぎも浮(うか)びもしませんでしたから、しまいには、リチキは大へん軽べつされました。
次 つぎ 其次;此等;鯉 こい 鯉魚;鮒 ふな 鯽魚;鮠 はや 雅羅魚;チョウザメ 鱘魚;遁げる にげる 逃走;評判 ひょうばん 傳聞;賢い かしこい 聰明;雲う いう:言う; 梃 ちょう 助數詞(細長いものを數えるのに用いる);床屋 とこや 理髮店;當てにならない(あて):期待できない、頼りにならない(たより); 真面目 まじめ 認真;泳ぐ およぐ 遊泳;浮ぶ うかぶ 漂;浮;しまい 最後;大変 たいへん 非常;軽蔑 けいべつ 輕蔑; さてこの國の第一條の「火薬(かやく)を使って鳥をとってはなりません、 毒もみをして魚をとってはなりません。」 というその毒もみというのは、何かと雲いますと床屋のリチキはこう雲う風に教えます。山椒(さんしょう)の皮を春の午(うま)の日の闇夜(やみよ)に剝いて土用(*)を二回かけて乾(かわ)かしうす(薄)でよくつく、その目方一貫匁(かんめ)を天気のいい日にもみじの木を焼いてこしらえた木灰(きばい)七百匁とまぜる、それを袋(ふくろ)に入れて水の中へ手でもみ出すことです。
捕る とる;こういう風に(ふう):このように;山椒 さんしょう 山椒;山椒樹;午の日 うまのひ 用十二地支計日的午日;特指2月最初的午日;剝く むく 剝;削;つく:ある物事・狀態・作用などが新たに生じたり、増し加わったりする。目方 めかた 重量;貫(かん)とは1000匁(め);1匁=3.75g; 紅葉 もみじ 楓樹;紅葉;拵える こしらえる 製造;做;混ぜる まぜる 混合;揉む もむ 搓;揉;*土用(どよう)とは、五行に由來する暦(こよみ)の雑節(ざっせつ)である。1年のうち不連続な4つの期間で、四立(立夏(りっか)・立秋(りっしゅう)・立冬(りっとう)・立春(りっしゅん))の直前約18日間ずつである[1]。 そうすると、魚はみんな毒をのんで、口をあぶあぶやりながら、白い腹を上にして浮びあがるのです。そんなふうにして、水の中で死ぬことは、この國の語(ことば)ではエップカップと雲いました。これはずいぶんいい語です。
呑む のむ;あぶあぶ 溺水痛苦的樣子;浮かび上がる うかびあがる 浮出; とにかくこの毒もみをするものを押えるということは警察のいちばん大事な仕事でした。 ある夏、この町の警察へ、新らしい署長さんが來ました。 この人は、どこか河獺(かわうそ)に似ていました。赤ひげがぴんとはねて、歯はみんな銀(ぎん)の入歯でした。署長さんは立派な金モールのついた、長い赤いマントを著て、毎日ていねい(丁寧)に町をみまわりました。
押さえる おさえる 抓住;逮捕;署長 しょちょう;川獺(河獺)かわうそ;髭 ひげ 鬍子;ぴんと:物が勢いよくはね上がったり、反り返ったりするさま。(跳ね上がる 跳起;舉起;反り返る そりかえる 翹稜)跳ねる はねる;入歯 いれば 補牙;モール 絲緞;綢緞;マント 披風;見回る みまわる 巡邏;驢馬(ろば)が頭を下げてると荷物があんまり重過ぎないかと驢馬追いにたずねましたし家の中で赤ん坊があんまり泣いていると皰瘡(ほうそう)の呪いを早くしないといけないとお母さんに教えました。(*)
驢馬 ろば 驢;下げる さげる;驢馬追い ろばおい 趕驢人;尋ねる たずねる 詢問;打聽;皰瘡 ほうそう 痘瘡;呪い まじない;
* 如果驢子低頭了,他就會問放驢人他的擔子是不是太重了,如果孩子在家裡哭得太厲害,他就會告訴他的母親痘瘡的詛咒不早點過去不行那 ところがそのころどうも規則の第一條を用いないものができてきました。あの河原のあちこちの大きな水たまりからいっこう魚が釣(つ)れなくなって時々は死んで腐ったものも浮いていました。また春の午の日の夜の間に町の中にたくさんある山椒の木がたびたびつるりと皮を剝かれておりました。けれども署長さんも巡査(じゅんさ)もそんなことがあるかなあというふうでした。
溜まり たまり 積存;一向 いっこう 完全;一點也;腐る くさる 腐爛;度々 たびたび 屢次;つるりと 光禿禿(表面光滑);風 ふう 樣子;態度; ところがある朝手習の先生のうちの前の草原で二人の子供がみんなに囲まれて交(かわ)る交(がわ)る話していました。「署長さんにうんと叱られたぞ」「署長さんに叱られたかい。」少し大きなこどもがききました。「叱られたよ。署長さんの居る(いる)のを知らないで石をなげたんだよ。するとあの沼の岸に署長さんが誰(たれ)か三四人とかくれて毒もみをするものを押えようとしていたんだ。」「なんと雲って叱られた。」「誰だ。石を投げるものは。おれたちは第一條の犯人を押えようと思って一日ここに居るんだぞ。早く黙って帰れ。って雲った。」「じゃきっと間もなくつかまるねえ。」 ところがそれから半年ばかりたちますとまたこどもらが大さわぎです。
手習 てならい 書法;學習;家 うち;草原 くさはら;囲む かこむ 包圍;代わる代わる かわるがわる 輪流;うんと 用力;很多的;叱る しかる 責備;聞く きく 詢問;石 せき;投げる なげる 投;扔;誰 たれ(だれ);押さえる 抓住;間もなく まもなく 不久;捕まる つかまる 抓住;逮住;経つ たつ 經過;大騒ぎ おおさわぎ 大混亂;「そいつはもうたしかなんだよ。僕の証拠(しょうこ)というのはね、ゆうべ(昨夜)お月さまの出るころ、署長さんが黒い衣だけ著て、頭巾(ずきん)をかぶってね、変な人と話してたんだよ。ね、そら、あの鉄砲(てっぽう)打ちの小さな変な人ね、そしてね、『おい、こんどはも少しよく、粉にして來なくちゃいかんぞ。』なんて雲ってるだろう。それから鉄砲打ちが何か雲ったら、『なんだ、柏(かしわ)の木の皮もまぜておいた癖に、一俵二両(テール)だなんて、あんまり無法なことを雲うな。』なんて雲ってるだろう。きっと山椒の皮の粉のことだよ。」するとも一人が叫びました。
確か たしか 確實;月 つき;被る かぶる 戴;鉄砲 てっぽう 獵槍;鉄砲打ち 獵人;粉 こな;なくちゃ=なくては;いかん 不行;不可以;~くせに 明明~卻~;俵 ひょう 袋;テール 兩;無法 むほう 不講道理;粗暴;「あっ、そうだ。あのね、署長さんがね、僕のうちから、灰(はい)を二俵買ったよ。僕、持って行ったんだ。ね、そら、山椒の粉へまぜるのだろう。」「そうだ。そうだ。きっとそうだ。」みんなは手を叩いたり、こぶしを握ったりしました。床屋のリチキは、商売がはやらないで、ひまなもんですから、あとでこの話をきいて、すぐ勘定(かんじょう)しました。
手を叩く(たたく) 拍手;表同意;拳を握る こぶしをにぎる 握拳;暇 ひま 閒;閒散;勘定 かんじょう 計算;毒もみ収支計算(しゅうしけいさん)
費用の部
一、金 二両 山椒皮 一俵
一、金 三十銭(メース) 灰 一俵
計 二両三十銭也(なり 後面沒數的標記)
収入の部
一、金 十三両 鰻(うなぎ) 十三斤(きん)
一、金 十両 その他見積り(みつもり 估價)
計 二十三両也
差引勘定(さしひきかんじょう 收支相抵)
二十両七十銭 署長利益 あんまりこんな話がさかんになって、とうとう小さな子供らまでが、巡査を見ると、わざと遠くへ遁げて行って、「毒もみ巡査、 なまず(鯰)はよこせ。」 なんて、力いっぱいからだまで曲げて叫んだりするもんですから、これではとてもいかんというので、プハラの町長さんも仕方なく、家來(けらい)を六人連れて警察に行って、署長さんに會いました。
さかん 多起來;盛;寄越す よこす 交給;送來;曲げる まげる 彎曲;叫ぶ さけぶ;町長 ちょうちょう 鎮長;家來 けらい 僕眾;連れる つれる 帶領; 二人が一緒に応接室の椅子にこしかけたとき、署長さんの黃金(きん)いろの眼(め)は、どこかずうっと遠くの方を見ていました。「署長さん、ご存じでしょうか、近頃、林野取締法(りんやとりしまりほう)の第一條をやぶるものが大変あるそうですが、どうしたのでしょう。」「はあ、そんなことがありますかな。」「どうもあるそうですよ。わたしの家の山椒の皮もはがれましたし、それに魚が、たびたび死んでうかびあがるというではありませんか。」
応接室 おうせつしつ 接待室;腰掛ける こしかける 坐;黃金 おうごん;ずうっと ~得多;破る やぶる 違反;どうも 實在;真;剝がれる はがれる 剝落; すると署長さんがなんだか変にわらいました。けれどもそれも気のせいかしらと、町長さんは思いました。(気のせい 錯覺 かしら 不知道,是否)
「はあ、そんな評判がありますかな。」
「ありますとも。どうもそしてその、子供らが、あなたのしわざだと雲いますが、困ったもんですな。」(仕業 しわざ 幹的(勾當))
署長さんは椅子から飛びあがりました。
「そいつは大へんだ。僕の名譽(めいよ)にも関係します。早速(さっそく)犯人(はんにん)をつかまえます。」
「何かおてがかりがありますか。」(手がかり 線索)
「さあ、そうそう、ありますとも。ちゃんと証拠があがっています。」「もうおわかりですか。」
「よくわかってます。実は毒もみは私ですがね。」
署長さんは町長さんの前へ顔をつき出してこの顔を見ろというようにしました。(突き出す つきだす 伸出;探出)
町長さんも愕(おどろ)きました。「あなた? やっぱりそうでしたか。」
「そうです。」「そんならもうたしかですね。」
「たしかですとも。」
署長さんは落ち著いて、卓子(テーブル)の上の鐘(かね)を一つカーンと叩いて、赤ひげのもじゃもじゃ生えた、第一等の探偵(たんてい)を呼びました。
さて署長さんは縛られて、裁判にかかり死刑(しけい)ということにきまりました。
いよいよ巨(おお)きな曲った刀で、首を落されるとき、署長さんは笑って雲いました。「ああ、面白かった。おれはもう、毒もみのことときたら、全く夢中なんだ。いよいよこんどは、地獄(じごく)で毒もみをやるかな。」
みんなはすっかり感服しました。
もじゃもじゃ 亂蓬蓬;縛る しばる 捆綁;裁判 さいばん;決まる きまる 決定;落ちる おちる 落下;全く まったく 完全;夢中 むちゅう 入迷;感服 かんぷく 欽佩;底本:「ちくま日本文學全集 宮沢賢治」築摩書房
1991(平成3)年3月20日第1刷発行
底本の親本:「宮沢賢治全集6」ちくま文庫、築摩書房
1986(昭和61)年5月27日第1刷発行
入力:古村充
校正:野口英司
1998年10月17日公開
2011年2月15日修正
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●表記について
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ある日平凡な町の川に毒が流され、次々と魚が死に、一番疑ってはならぬ人物こそが狂気の犯人だった・・・この身の毛もよだつ(毛骨悚然)ような物語がまるで子供でも読めるような優しい簡潔な文章で書かれており、かつて本物の子供だった私は背中に冷たいものを感じながら一挙に読み切ったものでした。
実際、この物語はブラックユーモア(黑色幽默)であると同時に強烈なサイコ(心理精神)ホラー(恐怖)であり、現代人が読んでも今もなお惹きつけられる要素がたくさんあります。
中でも怖いのは主人公である署長さんの存在感です。
自然や魚を壊しても露ほどの罪悪感もなく、ただ「快楽」のみを追求するその姿には他者はおろか自分への憐憫(れんびん)はまったくありません。
「完全なる悪」・・それこそが人間の本質であり、怖いものだと、「よだかの星」や「銀河鉄道の夜」の優しさや悲しみに彩(いろど)られた物語を紡いできた(紡ぐ つむぐ)宮沢賢治だからこそ、書けたのかもしれません。うずまき
轉載自https://spaceplace.hatenablog.jp/entry/the-chief-police