新型コロナウイルス感染症が広がる中、子どもがかかりやすい「夏風邪」などの病気が、例年に比べてとても少なくなっている。コロナ対策が、ほかの感染症にも効いているようだ。
「手足口病」や「ヘルパンギーナ」などは夏場、風邪に似た症狀をひきおこすことから「夏風邪」とも呼ばれる病気だ。今年は夏になっても患者の數が目立って少ないことがわかってきた。
「夏風邪」いつもなら流行しているが…
國立感染症研究所によると、手足口病は毎年7月下旬ごろ流行のピークを迎えるが、今年の1醫療機関あたりの報告數は、7月27日~8月2日の1週間に0・15人。大流行した昨年は10・54人で、70分の1の水準にとどまった。
この病気はエンテロウイルスの仲間がひきおこす。口の中や手足などに2~3ミリの水ぶくれのような発疹が出て、熱が出る場合もある。大人もかかるが、乳幼児の感染が多く、保育施設などで集団感染することもある。
同じくエンテロウイルスの仲間がひきおこし、突然38~40度の高熱がでる「ヘルパンギーナ」も少ない。例年1~4歳の子どもを中心に夏に流行するが、今年はやはり7月27日~8月2日の1週間に1醫療機関あたり0・46人で、昨年(2・45人)の5分の1ほどだ。
そのほか、アデノウイルスが目を觸った手や指、タオルを通じて感染することで起こる「流行性角結膜炎」も少ない。3月初めまでは昨年と同水準だったが、その後減り、昨年の3分の1ほどの水準で推移している。
子どもに下痢や発熱などの症狀を引き起こす、ロタウイルスによる「感染性胃腸炎」は例年3~5月に流行するが、今年ほぼ流行が見られなかった。19年の4月22~28日は1醫療機関あたり0・93人に対し、今年の同時期は0・01人と、約100分の1だ。
こうした患者數の減少について、名古屋大學病院の伊藤嘉規準教授(小児感染症學)は、「新型コロナウイルス感染症の影響による、子どもの環境の変化と考えるのが妥當だろう」と話す。
感染経路を斷つ対策は、コロナ以外にも有効
減っているのはいずれも、新型コロナウイルス感染症と同じように広がるウイルスが感染して起こる病気だ。
たとえば手足口病は、くしゃみやせきなどによる飛沫(ひまつ)感染や、ウイルスがついたおもちゃなどをさわる接觸感染、排洩(はいせつ)物を通じた感染が知られている。予防には、タオルを一緒に使うことを避け、こまめに手洗いをすることが効果的とされる。こうした感染経路を斷つ対策は、新型コロナにも有効だ。
手洗いの徹底や、學校や保育園・幼稚園などの休校・休園によって他の人との接觸が減ったことにより、抑えられたと考えられるという。
また、いわゆる夏風邪、手足口病やヘルパンギーナの減少については、コロナの再流行によって対策の引き締めが起きたことや、普段とは違う過ごし方をしていることが関係していそうだ。
「夏休みでも、通常であれば親が仕事の間に預けられたり、習い事やキャンプに行ったりするなど集団生活を送ることは多い。今年はそれがなく、結果的に高い感染対策効果を認めることになった」。対策が続く今年、季節外れの流行が起こることもおそらくないという。
ロタウイルスによる感染性胃腸炎については、ワクチンの普及によって年々減少しているが、特に今年は減少幅が大きかった。「乳幼児が感染することが多く、例年は3月がピーク。だが、今年は休校要請の時期にあった保育施設の休園や登園自粛などによる集団生活の制限が重なり、流行がなくなった」とみる。
感染が減った陰で起きている心配事とは
一方、伊藤さんは感染減の陰で起きていることを心配している。
ひとつは、子どもたちの環境の変化だ。「感染症は抑えられているが、一方で子どもの生活がものすごく制限されているのを裡付けるデータだ」。休校や休園、子どもたちがとらなくてはいけない感染対策などによって、精神面への影響が起きる可能性を指摘する。
「學校で機同士を離し、食事中にしゃべらず、顔にシールドをつける『新しい』生活が、このまま継続できるとは思えない。どこかで折り合いをつけなければいけない」
もうひとつは、新型コロナウイルスへの感染を心配してほかの病気の予防接種や健診の受診率が下がっていることだ。
今年は子どもの感染症以外にも、麻疹や風疹といった大人もかかりやすい感染症も少ない。麻疹は8月2日までに12人(19年は同時期に671人)、風疹は85人(19年は2061人)にとどまる。
年によって流行には波があるが、麻疹は渡航制限によって海外からウイルスが持ち込まれにくくなったこと、風疹は接觸の少なさが関係していそうだという。
今はコロナ対策に伴って流行が抑えられているが、予防接種を受ける人も少なくなっており「日常が戻ってきたとき、流行しやすい要因を殘している」と指摘する。
元々は政府が東京オリンピック・パラリンピックに向け、過去にワクチンの定期接種を受ける機會がなく、風疹にかかりやすい41~58歳の男性に自治體を通じてクーポンを配るなどして、抗體検査や接種をすすめようとしていた。
ただ、コロナ禍もあって低調だ。7月までに約480萬人が抗體検査を受けるという目標を立てていたが、3月末までに検査を受けたのは143萬人にとどまる。
風疹は妊婦がかかると、赤ちゃんの目や耳、心臓に障害が出る可能性がある。自覚症狀がなくても、周りにうつしてしまうことがある。伊藤さんはコロナ後を見據え「予防接種を打つメリットはある。ぜひ行っていただきたい」と勧める。(杉浦奈実)
北海道で新型コロナウイルスの感染が拡大した2月、札幌の無料食堂は窮地に立たされていた。感染拡大を防ぐため食堂は閉鎖。それでも「憩いの場」をなんとか維持しようと奮闘した牧師がいる。長年、生計を立てるための仕事をしながら牧師を続けてきて、子どもに食事をさせるのにも苦労した。その経験から、ひもじい思いをしている人たちには定期的に食事があることが大切だと訴え、スタッフとともに食堂が閉鎖になっても弁當を作り、なんとか食事の提供を続けている。
コロナ禍、」接觸できない」世界での「共生」のあり方とは。記者が見つめた180日の現場から考える。
食べるだけじゃない…」居場所」
札幌市豊平區の札幌豊平教會は、2016年6月から「朝ごはん食堂」を月に1回スタート。
その活動を広げる形で、2017年4月から毎週金曜の晝、無料食堂を始めた。これまで年末年始も休まず続けてきた。
來訪者は、中高年が多く、ホームレスが約3割、殘りが年金生活の人、生活保護を受けている人で、毎週35人前後が利用していた。単身者で孤獨な男性が多いという。
ご飯や麵類などは、おかわりができた。
初めてカメラを回した2019年12月20日は、最高気溫が-1.6度と真冬日だった。新型コロナウイルスのことなど、話題にもなっていなかったころだ。
この日は、溫かい蕎麥に、有名な精肉店が差し入れてくれたロース肉のトンカツ。フードバンクから屆いたケーキもついた。
約2年前から來ているという40代男性は「食堂で、お互い元気だと顔を見て確認して。ここはありがたい。一番いいですから、やっぱり雰囲気っていうかね」。食堂は彼らにとって「憩いの場」だった。その無料食堂に、新型コロナウイルスが襲った。
食堂は」3密」…閉鎖へ
2020年2月21日。食堂に來たある男性は、何かがあることを聞きつけていたようで、豊平教會の稲生義裕牧師(69)に會うなり、「牧師さん、きょう何か話があるんでしょ?」と矢継ぎ早に話しかけた。
この前日までに、北海道で新型コロナウイルスの感染が確認されたのは4人。」市中感染」の疑いが少しずつ広まり始めたころだ。食堂は3密のため「続けることは不可能」と教會から聲が上がっていた。
「感染の危険を伴うものはすべてやめる、というのが當時の教會が決めたことですね」と稲生牧師は當時を振り返る。
食堂に20人くらいの來訪者がそろったころ、稲生牧師は、著席している人たちに向かって説明を始めた。
「大事なお知らせなんですが…。新型コロナウイルスが新しい段階に入っちゃって…」
稲生牧師は、なんとか明るいムードで伝えようとしていた。
「食堂のスタイルは、きょうまで…。來週からしばらくの間、お弁當という形でみなさんにお渡しすることにしたいと思います。一生懸命作りますからご理解ください」
牧師は、「閉鎖」という言葉を使わなかった。弁當も含め「すべてが廃止される」という誤解をあたえかねない。」優しい言葉」を使うことに腐心した。
「とても殘念なことでした。この食堂は、食事を提供するだけでない」居場所」となることが大事でしたので…」
麵の湯気、溫かい白米…。無休で3年半以上続けてきた無料食堂は閉鎖した。
「牧師が感染したら禮拝できなくなる」
クラスターどころではない。たった1人の感染者が出れば、弁當さえも作られなくなるという狀況だった。教會の長老からは「牧師が感染したら、説教も禮拝もできなくなる」と危懼する聲も出た。
しかし、それでは困窮している利用者たちが飢え死にしてしまう。なんとか、」非接觸」の工夫をして、日の丸弁當でもいい、提供を続けられないか。その點で牧師も教會も一致した。
2020年2月28日朝、弁當を渡すのが始まった。受け渡し場所となる教會の外で、稲生牧師は、集まった人たちに話し始めた。
「きょうから、しばらくこんな形(ご飯とおかず)になると思います。來週も何とかつくりたいけど、まだ、まだめどはついていません」
玄関前には20人以上が並んでいた。予定時間を過ぎて、弁當を渡しだすと、どっと人が押し寄せた。
このとき、稲生牧師は「いつもと違う」空気を感じた。
思わぬ展開…そして落膽
「表情をみたとき、心のざわめきを感じました。『俺の弁當ちゃんとあるかな?』『なくなっらどうしよう』という心の聲が聴こえました…。『みなさんの分はちゃんとありますから』と何度も言ったんですけれども…」
配り始めてまもなく、牧師の大聲が響いた。
「ダメダメ!2つはダメ!」
スタッフからも、「待って。ダメだわ。ちゃんとルール守ろう!」とこれまで聞いたことのないトーンの聲が聴こえた。咄嗟の反応だった。
「いつもの食堂は會話をする」憩いの場」。たとえ、外で何かあっても食堂では皆さん寛いでいました。あんな表情ではないし、あんなイラついてないですから」。
稲生牧師は、ハーっとため息をついた。
「きょうは、初回だからやむを得ないと思いますけど…、失敗ですね」
弁當は35個が用意された。生活保護費支給の翌日にもかかわらず1個しか殘らなかった。」売れ行き」は良かった。しかし、稲生牧師の表情は厳しかった。
この日の夕方、北海道知事は「緊急事態宣言」を発令。感染者の確認數は、全國最多の66人となっていた。
新型コロナ…」居場所」はどこに?
翌週の3月6日。「非接觸」で弁當を続けるため、「調理」「パッキング」「運搬」と全員が接觸せず、役割分擔するアイデアがスタッフから出され、教會は試行錯誤をしながら弁當を続けることにした。
このころ、日曜と水曜にあった他教會の炊き出しは中止され、金曜の弁當は貧困者たちの貴重な食糧になっていた。ただ稲生牧師には、前週の「イラついた」印象が殘っていた。
「もっと一人ひとり會話をして、食事をお渡しするという環境を整えたい」。牧師は意識的に來訪者を見つめ話しかけた。
「みんな、お元気ですか?熱のある方はいないですか?」
利用者は、少し安心した表情で、弁當や水、お菓子などの」お土産」を受け取り、それぞれの場所に戻っていった。
牧師も経験していた」貧乏」
なぜ、そこまでして食事の提供を続けるのか?
「私もねえ、子どもたちを食べさせるのが大変だった、貧乏で。100円玉何個と10円玉何個で、これでどうやって子どもに飯食わせるか、っていう生活を経験していましたから」
稲生牧師は、札幌に來るまでは、タクシー運転手や材木工場での勤務など、長年、生計を立てるため仕事をしながら牧師を続けてきた
「食べ物っていうのはね、『今、食べ物はないけど、3日経ったら食べきれないくらいあるから、そのときあげるよ』っていう話にならないわけですよね」
人は誰でも、「その日その時に食事があること」が大切なことなのだ。初めての弁當配りの日、利用者が見せた「今までになかった」表情は、安心できる「場」の大切さを物語っていた。
人間の基本は「分かち合うこと」
2020年6月12日、約3か月ぶりに教會を訪れた。
牧師やスタッフと來訪者が世間話をしている。稲生牧師が「一週間、お體を大切に」などと聲をかけると、來訪者が會釈をして弁當や水などを持って行く。初夏を迎えて、スタッフも來訪者も半袖などの軽裝になっていた。
來訪者の1人は、「早く新型コロナが収束してほしい。みんなと教會の中で一緒に食べて話がしたい。弁當をもらうのとは全然違いますよね、辛いですね」と本音を話してくれた。
ほかの利用者の男性も「コロナ落ち著いたら、(教會の)中で食えるようになるから…」と再開を心待ちにしている。
稲生牧師は、「暑くなる時期にはぜひ再開したい、というふうに思いますが、果たして、どうなるか…」
また今週の金曜も、感染リスクを減らす工夫をしながら弁當が作られる。
「食べ物って、わたしたちが」自分で調達している」というような気になっている。けれど、すべては自然の恵み。わたし達が生み出したものなど何一つありません。この大きな自然の営みがなければ、私たちは」何も手にすることができない」ということを忘れています。恵みを奪い合うのでなく」分かち合う」。それが人間生活の基本的なスタイルになっていくことが、とても大事だと思います」
2020年8月14日。この日も弁當が利用者たちに渡された。無料食堂の再開のめどは立っていない。無料食堂は運営が厳しい狀況が続いていて、教會では支援を呼び掛けている。