先日大阪の知人が訪ねて來たので、銀ぎん座ざの相當な吃茶店へ案內した。學生の少ない大阪には、本格的の吃茶店がなく、珍らしい土産話みやげばなしと思ったからである。果して知人は珍らしがり、次のような感想を述べた。
前些日子大阪的一位朋友來訪,我帶他去了銀座的一家高級咖啡館。因為我聽去過大阪的人說大阪學生少,沒有真正的咖啡館,我覺得這很稀奇。果然朋友覺得很新奇,發出了如下的感想。
先程から観察していると、僅わずか一杯の紅茶を飲んで、半時間もぼんやり坐ってる人が沢山いる。一體彼らは何を考えているのだらうと。
從我剛剛的觀察來看,那麼多人都是只喝一杯紅茶,卻愣愣的坐至少半小時,究竟他們在想些什麼呢。
一分間の閑も惜しく、タイムイズマネーで忙がしく市中を馳け廻ってる大阪人が、こうした東京の吃茶店風景を見て、いかにも閑ひま人じんの寄り集りのように思い、むしろ不可思議に思うのは當然である。
連一分鐘的閒暇時間都捨不得,視時間如金錢忙著在城市中奔走的大阪人看到這樣的東京咖啡店的景象,認為這就像是閒人聚集的場所,覺得不可思議也是理所當然的。
私もそう言われて、初めて吃茶店の客が「何を考えているのだらう」と考えて見た。おそらく彼等は、何も考えてはいないのだらう。と言って疲労を休める為に、休息しているというわけでもない。
聽到這些之後,我也開始思考咖啡館的客人們都在想著些什麼呢。大概他們什麼也沒想吧.。也並不是為了緩解疲勞而休息
つまり彼らは、綺麗な小娘や善い音楽を背景にして、都會生活の気分や閑かん散さんを楽しんでるのだ。
歸根結底他們是在那些漂亮女孩和悅耳音樂的背景下,享受著都市生活的舒適和清靜吧
これが即すなわち文化の餘裕というものであり、昔の日本の江戸や、今のフランスのバリなどで、このしゅの閑人倶楽部が市中の至る所に設備されてるのは、文化が長い伝統によって、餘裕性を多分にもってる証しょう左さである。
這便是所謂的文化的餘裕,在古代日本的江戶和如今法國巴黎等地,這種閒人俱樂部在城市中隨處可見,這也是通過了文化悠久的傳承,擁有了更多餘裕的證據
武林無想庵氏の話によると、この餘裕性をもたない都市は、世界でニューヨークと東京だけださうだが、それでもまだ吃茶店があるだけ、東京の方が大阪よりましかもしれない。
根據武林無想庵氏的話來看,沒有這餘裕性的都市,在世界上也就紐約和東京而已了,但即使那樣或許僅僅是有著咖啡館這一點,東京還是勝過大阪的
ニイチエの説によると、絶えず働くと言うことは、賤いやしく俗悪ぞくあくの趣味であり、人に文化的情操じょうそうのない証左であるが、今の日本のような新しん開國かいこくでは、絶えず働くことが強要きょうようされ、到底とうてい閑散の気分などは楽しめない。
根據尼採的說法,不斷地勞動是賤俗惡的趣味,是人沒有文化情操的證據,但是像現今日本這樣新國家,必須要不斷的工作,無論如何也無法享受於那些清靜的舒適氛圍
バリの吃茶店で、街路がいろにマロニエの葉の散るのを眺めながら、一杯の葡萄酒で半日も暮しているなんてことは、話に聞くだけでも贅沢ぜいたく至極しごくのことである。
坐在巴黎的咖啡館,望著街邊的七葉樹的樹葉飄落,一邊喝著一杯葡萄酒就這樣消磨半天時間,這僅是聽著都讓人覺得奢侈之極
昔の江戸時代の日本人は、理髪店りはつてんで浮世うきよ話ばなしや將棋をしながら、ほとんど丸一日を暮していた。文化の伝統が古くなるほど、人の心に餘裕が生れ、生活がのんびりとして暮しよくなる。それが即ち「太平の世」というものである。今の日本は、太平の世を去る事あまりに遠い。昔の江戸時代には帰らないでも、せめてバリかロンドンぐらいの程度にまで、餘裕のある閑散の生活環境を作りたい。
過去江戶時代的日本人,在理髮店裡一邊閒聊或者下象棋,就這樣打發一整天的時間。文化傳統越悠久,人的心靈就越從容,生活就越悠閒。這便是所謂的「太平盛世」。如今的日本,離太平盛世太遠了。即使不能回到從前的江戶時代,至少也能夠營造出擁有巴黎或倫敦那樣有餘裕的閒散的生活環境。