「りんごが本當はりんごじゃないかもしれない」
1個のりんごを巡って次々と紡ぎ出されるアイデアを描き、27萬部という異例のヒットを記録している絵本『りんごかもしれない』。出版社には、絵本に觸発された読者が自分で思いついたりんごを巡るアイデアを描いたイラストが3000點以上寄せられているほか、教材として教育現場でも活用されるなど、広がりを見せています。豊かな発想をいざなう「かもしれない」ということば。その絵本の魅力を取材しました。(ネット報道部 野町かずみ)
異例の大ヒット 「かもしれない」絵本
ある日ひ、機つくえの上うえのりんごが「りんごではないかもしれない」と考かんがえ始はじめる男おとこの子こ。中身なかみは、ぶどうゼリーかもしれない。はたまた、「メカ」がぎっしり詰つまっているのかもしれない。もしかしたら「心こころ」があるのかもしれない。男おとこの子この想像そうぞうは無限むげんに広ひろがっていきます。
3年ねん前まえに発売はつばいされた絵本えほん『りんごかもしれない』は、27萬部ぶという絵本えほんとしては異例いれいのヒットを記録きろく。
大人おとなが自分じぶんで読よむためにも買かわれていて、全國ぜんこくの書店しょてん員いんの投票とうひょうで決きまる「MOE絵本えほん屋やさん大賞たいしょう」の1位いになるなど絵本えほんの賞しょうを総そうなめにしました。
出版しゅっぱん社しゃが設もうけたこの本ほんのフェイスブックには(寫真しゃしん)、絵本えほんを手てに取とった読者どくしゃひとりひとりが考かんがえついた「かもしれない」のアイデアが掲載けいさいされています。
「くもからできてるかも」「たこかも」「おなかに赤あかちゃんがいるかも」
「このりんごは( )かもしれない」と書かかれた絵本えほんの付録ふろくのワークシートに、自分じぶんだけのアイデアを絵えやイラストにして描えがける仕組しくみになっていて、出版しゅっぱん社しゃに屆とどけられた作品さくひんが、サイトにまとめられています。出版しゅっぱん社しゃにこれまでに屆とどいた作品さくひんは、段だんボール5箱分ぶん、3000枚まい以上いじょうに上のぼります。
作品さくひんを送おくってくるのは子こどもから大人おとなまで幅広はばひろい年齢ねんれい層そうで、出版しゅっぱんから3年ねん目めに入はいった今いまでも毎週まいしゅうのように屆とどいているということです。
多おおくの読者どくしゃの「発想はっそう」を刺激しげきしているこの絵本えほん。もともと雑誌ざっしの挿絵さしえなどを手てがけてきたイラストレーターのヨシタケシンスケさん(42)のデビュー作さくです。どのように著想ちゃくそうしたのでしょうか。
実じつはこの本ほん、初はじめから『りんごかもしれない』というタイトルがあったわけではなく、「りんごをいろんな目線めせんで見みてみる」というお題だいを編集へんしゅう者しゃから提案ていあんされたといいます。本職ほんしょくとは違ちがう絵本えほんという分野ぶんやへの初はつ挑戦ちょうせんに大おおきなプレッシャーを感かんじていたというヨシタケさん。當初とうしょは、なかなかよい発想はっそうが広ひろがらないことに悩なやんでいました。
「最初さいしょは子こどもの読よむ絵本えほんだから教育きょういく的てきにしなくてはと固かたく考かんがえていました。りんごを身みと皮かわに分わけてみるとか、りんごでいろんな料理りょうりを作つくってみる、いろんな國くにのことばで『りんご』と表現ひょうげんしてみるとか考かんがえたんですけど、所詮しょせんりんごでしかない。発想はっそうの広ひろがりに限界げんかいがありました」
そうして悩なやみ抜ぬいた末すえに、浮うかんだのが「かもしれない」ということばでした。
「りんごじゃないとしたら何なにだろうと、考かんがえ方かたをひっくり返かえしてみたら、急きゅうに何なんでもアリになることに気きづいたんですよ!りんごに見みえるけど実みは違ちがうものという視點してんさえあればいくらでも話はなしを広ひろげられておもしろくできる」
このことばを思おもいついたのには、本職ほんしょくのイラストの仕事しごとの経験けいけんがありました。
「イラストの仕事しごとは、『このタイトルとこの文章ぶんしょうを分わかりやすくひとコマに』とか『本文ほんぶんのネタばれにならない絵えを』とかいくつか與あたえられた條件じょうけんがあるんです。それを満みたしたうえで、先方せんぽうから頼たのまれていない『何なにか』を入いれる。それが醍醐味だいごみなんです。その『何なにか』を入いれるには、常識じょうしきを知しったうえで『外はずす』というのが大事だいじ。僕ぼくは理詰りづめにものを考かんがえるタイプで、ひらめきがあるわけでないんです。まず、普通ふつうに考かんがえるとこう。こうでないとすれば普通ふつうではないわけでと順番じゅんばんに考かんがえていく。『りんご~』でも箇條かじょう書がきにして、形かたち、色いろ、質感しつかんが変かわる、時間じかん軸じくが変かわる。と1個こずつつぶして、どれを絵えにしたらおもしろいかと考かんがえていきました」。
子どもたちが広げる発想の種
この絵本えほんを學校がっこうの授業じゅぎょうに活用かつようする動うごきも広ひろがっています。東京とうきょう・府中ふちゅう市しの府中ふちゅう第だい三さん小學校しょうがっこうでは5年生ねんせいの図工ずこうの授業じゅぎょうで、この絵本えほんを使つかって自分じぶんなりの「このりんごは( )かもしれない」を工作こうさくで作つくる授業じゅぎょうを行おこないました。
授業じゅぎょうを擔當たんとうした山內やまうち佑輔ゆうすけ先生せんせい(33)は、子こどもたちに自分じぶんで考かんがえる姿勢しせいを身みにつけてほしいと考かんがえたと言いいます。
「今いまの子こどもは『失敗しっぱいしたくない、正解せいかいを教おしえてほしい』という傾向けいこうが強つよいんです。でも正解せいかいは1つではないし、自分じぶんで見みつけるものだと伝つたえたいと常つね日頃ひごろ、思おもっていました。この絵本えほんは、子こどもが自分じぶんなりの正解せいかいを見みつけたり、アイデアを広ひろげるのに役立やくだつきっかけになると思おもいました」
先生せんせいの期待きたいどおり子こどもたちはユニークなアイデアを次々つぎつぎに形かたちにしていきました。
「りんごは、1分ごとに増ふえていくかもしれない」
ある男子だんし児童じどうは、時間じかんがたつにつれてりんごが増殖ぞうしょくしていく様子ようすを、粘土ねんどで作つくったりんごを模造もぞう紙しの上うえに並ならべて表現ひょうげんしました。
「雲くもから現あらわれた恐竜きょうりゅうかもしれない」
りんご型がたの恐竜きょうりゅうが牙きばをむく様子ようすをワタや粘土ねんどで作つくった女おんなの子こ。
「畫家がかかもしれない」と自分じぶんの將來しょうらいの夢ゆめを託たくしたりんご型がたの人形にんぎょうを作つくった子こもいました。
授業じゅぎょうのあとの子こどものたちの変化へんかに、先生せんせいは、大おおきな手応てごたえを感かんじたといいます。
「子こどもたちに、絵本えほんを読よみ聞きかせたあと本物ほんもののりんごを見みせると、もう普通ふつうのりんごではないなという感かんじで目めつきが違ちがうんです。見本みほんを見みながら『正解せいかい』を作つくるのではない自分じぶんなりの『りんご』を見みつけ出だそうとしていて、うれしかった」